連載
#11 #withyouインタビュー
「自分の人生の主導権を握ろう」水どう・嬉野Dの「#withyou」
「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)の嬉野雅道ディレクターは、「大人社会でもいじめはある」と話します。そして、いじめを帳消しにしようと思い詰めた時、「一番やっちゃいけない」ことがあるそうです。「ひとりで生きていく」と思うことから「幸福な人生へと舵をきりはじめる」と語る嬉野さんに話を聞きました。
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#11 #withyouインタビュー
「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)の嬉野雅道ディレクターは、「大人社会でもいじめはある」と話します。そして、いじめを帳消しにしようと思い詰めた時、「一番やっちゃいけない」ことがあるそうです。「ひとりで生きていく」と思うことから「幸福な人生へと舵をきりはじめる」と語る嬉野さんに話を聞きました。
「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)の嬉野雅道ディレクターは、「大人社会でもいじめはある」と話します。そして、いじめを帳消しにしようと思い詰めた時、「一番やっちゃいけない」ことがあるそうです。「ひとりで生きていく」と思うことから「幸福な人生へと舵をきりはじめる」と語る嬉野さんに話を聞きました。
――「居場所がない」と感じる子どもたちがいます。
「僕にとっての居場所って、自分に『いてもいいよ』って言ってくれる人のそばなんですよね。だから、もしも誰も僕に興味を持ってくれない、話しかけてもシカトされる、そんな場所だったら、そりゃあきついと思うんだよね、幾つになったって、その場所ではやっていけないと思うよ」
――経験を積んだからといって、平気になるものではないですね。
「いじめは、むしろ大人の社会で横行していることじゃないでしょうか。それを見るから、子どもは真似しているんだと思います」
「人間って群れて生きる生き物ですよ。だったら幾つになったって、意味もなく無視されるばかりの状況の中で、それでもひとりでがんばれるなんて人間なんて、一人もいないと思う」
――想像しただけで、悲しい気持ちになります
「いじめられてる時って、なんとなくわかるじゃない? 『オレいじめられてるな』って」
「でも、そう思った瞬間、誰だって動揺して、いじめてる相手とわざわざ仲良くしようとするはずなんですよ。大人でも子どもでも。なんでだろうね」
――確かに。どうにか糸口のようなものを探すと思います。
「いや、つまり、自分をいじめているやつが、もう一度自分と仲良くしてくれたら、いじめられてるって現実を帳消しに出来るって思ってしまうからでしょうね」
「あいつさえ、自分とまた仲良くしてくれれば、『いじめられてたかも……』なんていう現実は、その瞬間、全部なかったことにできる。多分そういう心理が働くんでしょうね」
「その結果、人間は一番やっちゃいけないことをやろうとするんです」
――どうして仲良くしようとすることが「一番やっちゃいけない」ことなのでしょうか?
「だって(いじめてくる)彼がもう一度、自分と仲良くしてくれるよう仕向けるなんてことは、僕にはできないことじゃないですか。それは彼の判断に委ねられるわけですからね。それならその件に関して、僕にはもう主導権がなくなってしまうってことですよ」
「主導権を持っているのは今や彼です。僕にできることはただ、彼がまた仲良くしてくれる日を待つだけ。そんな日が来るかどうかも分からないのに。しかも、いじめられながらです。そんな毎日に幸せがあるはずがない」
――自分でコントロールできないところで悩んでしまうと。
「そうです。他人はコントロールできないんです。コントロールできるのは自分のことだけです。だからコントロールできないその他人に主導権を渡しちゃダメなんです」
「自分が何も悪いことをしていないのに、一方的に疎外してくるやつがいるのであれば『そいつはもう敵だ』ってことです。そう思っていいんですよ。もちろん武器を持って今すぐ闘う必要なんかはないんです」
「ただ、相手は友達なんかじゃなかったんです。『敵』だったんです。敵とは仲良くしなくていいですよね? だって敵なんだから」
――なかなか線引きができない気持ちもわかります。でも、無理に仲良くしようとして、振り回されて、自分がすり減ってしまわないように考えることも大事なんですね
「そしたら次にこう思ってください。『よし。いつかひどい目にあわせてやるぞ』って(笑)」
――えっ。
「いや、本当にひどい目にあわせなくていいんですよ。そう一人で心の中で思うだけでいい。そう思えたら、そのときの主導権は自分にある。おのずと自分に主導権が返ってきますよね」
「もちろん、主導権って言ったって、世界の主導権を自分が握れるなんてことじゃなくて、自分の人生の主導権ってだけのことです。自分は自分の人生を生きてるんだから、いろんな判断は全部自分がやってみる」
「そこを一時的にでも他人に委ねたら、人生はきっとハッピーにならないよ、という考え方です」
――相手にすり寄ろうとするのは、いじめられていても「孤立したくない」という気持ちもあると思います。
「孤立するっていうのは怖いですよ。僕だってひとりで生きてなんかいけないって思います。でもね、意味もなく孤立させられるのなら、そんな状況はそもそも『おかしい』と考えてみるべきだと思います」
「そこに溶け込めない自分が悪いんだって思ってしまうってことは、なんか奇妙な『罠(わな)』にはまっている感じがするんですよ。だってそこが、そもそもおかしな状況なら、溶け込めるはずがない」
「むしろそこから脱出しようっていう発想が出てきていいはずです。だって人生、命あってのものだから。緊急避難はアリですよ」
――そうすると道が開けると?
「開けるかどうかは、まぁやってから分かることだけど、でも、家が火事で、もはや火を消してる場合じゃないのなら、とにかく脱出しないと生きていられないですからね。そうやって脱出して、ひとりで何も知らないところに出てしまう」
――脱出した後、どうしたらいいかわからず、迷うこともあります
「不安ってそこから始まると思うんです。でも、そういう広いところへ出て、自分はひとりなんだなって身に染みて思うところから、意外に自分の人生が始まるんじゃないかと思うんですよね」
「僕の知り合いに鯨森惣七さんっていう絵描きさんがいて、HTB(北海道テレビ)から絵本を出版したことがあったんです。動物の世界のお話なんですけど」
「村のおきてで、ひとりで旅に出ることになったリスの子どもが、いろんな難儀に遭う旅の途中で、一匹の熊の子と出会うんです。その熊も母親と別れて、ひとりの暮らしを始めたばかりの子どもでね、その熊がリスにこんなセリフを言うんです。なんかそのセリフがね、年とともに身に染みてきてね」
<そう言うと、嬉野さんは携帯電話の画面を見せてくれました。そこにメモされていたのは、鯨森さんの絵本「ペ・リスボーの旅・ダラララー」の一節です>
――なんだか、前向きな「ひとり」ですね。
「そうなんです。もちろん僕たち人間は、ひとりだけでは生きていけませんよ。でも、自分の人生の肩代わりをしてくれる人はどこにもいないんですよ。その意味において、人生は、ひとりなんです。自分の人生は自分でどうにかしなきゃいけないんです」
「だから、自分は、ひとりなんだぞ、って思う。これからは自分が、全部、判断して生きていかなきゃいけないんだって思う。真剣な気持ちというのは、そのときに湧いてくるはずだよって、鯨森さんは言うんですよね」
――確かに。誰も任せられないと思うと、真剣にならざるを得ないです。
「それはとてもシンプルな世界ですよね。でも人間は、シンプルな世界を前にするからこそ『生きていこう』という勇気が湧いてくるんじゃないでしょうか」
「きっとね。自分は『ひとりだな』って思うことがなかったら、人間は、真剣な気持ちも湧いてこないし、勇気も湧いてこないんじゃないかな」
――「ひとり」って、不安な言葉だと思っていました。
「そこを出発点にする。そこからいろんな道を歩いて、いろんなことを経験していく。もちろん、けがもするだろうけど、でも、それはこの世界では当たり前のことなんですよ」
「そうやっていろんなけがをしながら、誰かと出会いながら、この世界がどうなっているかっていうことを、自分の命の最後の日まで自分の目で、自分の耳で、見て、聞いて、体験していく、それが人生ってものなんだと思います」
――自分で自分の人生の主導権を握って、生きていくんですね
「『こんなところにはいられない』っていう奇妙な領域にいると思ったら、迷わずそこから出て行く。そうやって、ひとりで生きていこうと決意することを、ワクワクにできたらいいなと思うんです」
「ひとりで生きていくっていう出発点は重荷ではないはずです。むしろ、ひとりで生きていくんだって思ってみたときから、僕らの人生は幸福な人生へと舵をきりはじめる。そんな気がします」
◇
嬉野です。みなさん。春になりました。
— T木くん(嬉野雅道 Official) (@uresiinocoffee) 2018年4月3日
今年は桜の開花が全国的に早かったようですね。
春は異動の季節です。
転勤、転校、新入学、新社会人。
若い人らは希望に満ちて期待に胸を膨らませている時期でしょうか。でも、そんなときって同時にとても厄介なときです。 #WithYou
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