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中国の全人代「使われない二つのボタン」 お膳立てされた「ゴム印」

全人代で憲法改正案の投票が行われる直前、報道席から退席させられる報道陣=2018年3月11日、杉本康弘撮影
全人代で憲法改正案の投票が行われる直前、報道席から退席させられる報道陣=2018年3月11日、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞社

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 ゼンジンダイって最近どこかで耳にしませんでしたか。漢字では「全人代」と書きます。毎年3月、中国で開かれる国会のことで、「全国人民代表大会」が正式な名前です。人口13億人と国が大きいだけに、参加する議員の数も約3000人とビッグサイズ。国民を代表するという建前でさまざまな階層の人たちが選ばれ、88歳のおばあちゃんも参加しました。政権の座を狙う野党は存在せず、あだ名は「ゴム印」……。そんな全人代で今年、中国の今後を左右する大きな決定がありました。(朝日新聞中国総局員・延与光貞)

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「ハンコ押すだけの機関」

 2013年から中国の国家主席を務める習近平(シーチンピン)氏は5年の任期切れを迎えましたが、今年の全人代で1人の反対もなく再選。さらにこの先5年、国家主席を続けることが決まりました。習氏はいま64歳です。

憲法改正案は賛成2958、反対2、棄権3の圧倒的な賛成多数で可決された=2018年3月11日、杉本康弘撮影
憲法改正案は賛成2958、反対2、棄権3の圧倒的な賛成多数で可決された=2018年3月11日、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞社

 それだけではありません。これまで憲法で2期10年までと決まっていた任期をなくすことも全人代で決まりました。

 習氏の3選が視野に入っていることは明白です。

 国家主席の任期をなくせば、中国の政治は短期的には安定するかもしれません。ですが、一歩間違えば独裁者を生みかねないため、中国内にも反対の声はありました。

 それでも、全人代で反対はわずか2票しかありませんでした。

全人代で「憲法の権威を守り、定められた職責を履行する」などと宣誓する習近平国家主席=2018年3月17日、杉本康弘撮影
全人代で「憲法の権威を守り、定められた職責を履行する」などと宣誓する習近平国家主席=2018年3月17日、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞社

 「中国の国会」と言っても、日本とは制度が全く違います。

 そもそも中国は共産党が支配する国ですから、政権の座を狙う野党はありません。日本のように、「指導者の資質」をめぐって与野党で議論を戦わすことはないのです。

 「共産党の指導」のもとに人事から憲法改正まですべてお膳立てされているため、全人代は「ゴム印」だと馬鹿にされてきました。

 共産党から下りてきたものに、ペタンと承認のハンコを押すだけの機関という皮肉です。

首相に選出され握手を交わす李克強首相(下段右)と習近平国家主席=2018年3月18日、杉本康弘撮影
首相に選出され握手を交わす李克強首相(下段右)と習近平国家主席=2018年3月18日、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞社

 ですから、建国の父とされる毛沢東や、改革開放を進めた鄧小平といった歴史的な指導者と同じように、「党の核心」と呼ばれるようになっていた習氏が再選されるのも、憲法改正が可決されるのも、ある意味、予定通りだったとは言えます。

 とはいえ、この時代に全くと言っていいほど異論が出ないのは、さすがに異様です。

 国営テレビでは、「再選の瞬間、感動のあまり涙が出た」という代表の姿を繰り返し流していました。

「使わない二つのボタンをなくす」?

全人代は記者会見場もビッグサイズ=2018年3月20日
全人代は記者会見場もビッグサイズ=2018年3月20日 出典: ロイター

 中国にも公の場で共産党や政府を批判する人たちは少数ながら存在しますが、当然ながら、そういう人たちは全人代の議員には選ばれません。

 とはいえ、全人代は国民を代表する機関という建前ですから、議員には党幹部だけでなく、さまざまな階層の人たちが選ばれています。

 内陸部の山西省の議員に、申紀蘭という88歳の農民の女性がいます。なんとこの方、1954年に開かれた第1回の全人代から今回まで、64年にわたって議員を続けているおばあちゃんです。

 ついたあだ名は「生きた化石」。失礼この上ないですね。

全人代で一度も反対票を投じたことがなく、ネット上で「生きた化石」と呼ばれている88歳の申紀蘭さん(中央)。今年も代表に選ばれた=2018年1月、中国・山西省
全人代で一度も反対票を投じたことがなく、ネット上で「生きた化石」と呼ばれている88歳の申紀蘭さん(中央)。今年も代表に選ばれた=2018年1月、中国・山西省 出典: 中国新聞社(中国の通信社)

 そんな彼女が今回、大きな脚光を浴びました。これまで一度も反対票を投じたことがないと伝えられていたからです。2009年の全人代の取材で、彼女はこう答えていました。

議員になるということは、党の言うことを聞くということです。私はこれまで一度も反対票を投じたことがありません。

 その後、彼女が取材に応じて、こんな提案をしたというフェイクニュースが出回りました。

 今の投票ボタンは、賛成と反対と棄権の三つのボタンがあり、とても複雑だ。これまで使ったことがない二つのボタンをなくして、投票しやすくしてほしい。

 かなりのブラックユーモアですね。ただ、本当に言ったかもしれないと思わせるところが恐ろしいところです。

「100%はありえない」…

全人代の閉会後、議場を後にする代表(議員)たち=2018年3月20日
全人代の閉会後、議場を後にする代表(議員)たち=2018年3月20日 出典: ロイター

 習氏の再選と任期制限の撤廃で、庶民の間では風刺するような言動がネット上で広がりました。

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 極め付きの批判は、6~7年前に党メディアのサイトなどに掲載されていた評論です。何の言葉も加えず、そのまま転載しただけのものが拡散しました。

 当時の評論は、地方の共産党幹部の選挙で満票当選が相次いだことを受け、その危険性を訴えるものでした。今もネット上に残る評論の一つには、こう書いてあります。

 最近、一部の選挙で「高度な団結」を表すために、100%の賛成票を投じようと訴えている人がいるが、これは民主の誤読である。人々の観念や文化水準、視点は同じではないから、100%同じ認識にはなりえない。「高度な団結」の名の下に有無を言わせないやり方は、民主的な選挙の精神を抑えつけるものである。

 思わずため息が出ます。共産党メディアがそう書いていた時代もあったのです。しかも、そう遠くない昔に。

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