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「5人で24人前の素麺を一気に…」 バグダッド日誌に映る「日常」

イラクに派遣された陸上自衛隊員がつづった「バグダッド日誌」=今年4月16日に一部墨塗りで公開された陸自の「イラク復興支援群活動報告」より
イラクに派遣された陸上自衛隊員がつづった「バグダッド日誌」=今年4月16日に一部墨塗りで公開された陸自の「イラク復興支援群活動報告」より

目次

 2004~06年の陸上自衛隊のイラク派遣の記録、約1万5千ページが4月16日に一挙に公開されました。朝日新聞社では翌日の朝刊に間に合わせようと記者たちが分担して読み込み、私も加わりました。現地はどれだけ緊迫していたのかと目を皿にする一方で、興味深かったのが隊員たちの「日誌」です。SNSでも「読み物として面白い」「本にまとめた方がいい」などすでに話題ですが、私のお勧めをご紹介します。(朝日新聞政治部専門記者・藤田直央)

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ついつい気になる

2004年4月2日、イラク・サマワの宿営地に看板を掲げる先崎一・陸上幕僚長と、番匠幸一郎・第1次復興支援群長
2004年4月2日、イラク・サマワの宿営地に看板を掲げる先崎一・陸上幕僚長と、番匠幸一郎・第1次復興支援群長 出典: 朝日新聞

 今回公開された文書は「イラク復興支援群活動報告(日報)」です。03年に始まったイラク戦争の後、復興支援のため南部のサマワに送られた陸自の活動の様子が中心です。

 イラク戦争では、米国がイラクに大量破壊兵器があるとして先制攻撃をして結局見つからなかったことや、米国主導の多国籍軍が勝った後も治安が安定しないことから、自衛隊の派遣が議論を呼びました。

 文書を読み込む焦点は、海外での武力行使を縛る憲法との関係で、自衛隊の派遣先として「非戦闘地域」とされたサマワの実態がどうだったのかということでした。私もそこを探ろうと紙をめくりつつ、実は日々の報告書の終わりの方に出てくる「日誌」が気になっていました。

今回公開された陸上自衛隊の「イラク復興支援群活動報告」のうち、サマワへの自衛隊派遣をめぐる大きな出来事があった日を中心に藤田記者が読んだ報告書。公開日に14日分、約280ページに目を通した。
今回公開された陸上自衛隊の「イラク復興支援群活動報告」のうち、サマワへの自衛隊派遣をめぐる大きな出来事があった日を中心に藤田記者が読んだ報告書。公開日に14日分、約280ページに目を通した。

 サマワの北にある首都バグダッドや、さらに南東のバスラといったイラクの大都市に送られた陸自の連絡要員が、現地の人々や多国籍軍の兵士との交流についてつづったものです。部隊の活動で日々緊張するサマワの様子とは違った味わいがあり、ついつい読んでしまったものを書き出しますと…

○バスラ日誌(2005年12月8日) 2人のルーマニア人 ※タイトルは筆者、以下同じ

 師団司令部内を歩いていたら、2人のルーマニア人に呼び止められた。「空手をやるだろう」。「やらない」と答えると「日本人はみんな空手をやると思っていたが違うのか」と言う。「みんな武士道を習うんだろう」とも。最後に「日本語で1から10まで数えられる」と言う。これは驚くほど完璧であった。

 今日は大東亜戦争の開戦記念日。自分から米・英国人に言う勇気は出ませんでしたが…。でも機会を見て聞いてみたい。

○バグダッド日誌(06年1月21日) イラク軍兵士に囲まれて

 イラク軍兵士と初めて会った時は少し怖かった。30~40名が駐車場にたむろしている。私が歩いて通りかかると、みんなこっちをにらむ。にらみ合いが続いた後、沈黙に耐えかねて「アッサラーム・アレイコム」と挨拶してみた。彼らが一斉に「ヤパーニ(日本人)、グッド」「サマーワ」等々と言いながら私を取り囲んだ。恐怖を感じたが、彼らは一様に日本人と会ったことを喜んでいるように感じた。
イラクの地図。バスラはサマワの南東で、チグリス川とユーフラテス川の合流した先
イラクの地図。バスラはサマワの南東で、チグリス川とユーフラテス川の合流した先 出典: 朝日新聞

○バスラ日誌(06年5月21日) 英国紳士のお行儀

 日中は拷問施設のように暑い喫煙所ではさらなる危険が待ち構えている。紳士の国英国のはずだが少々お行儀が悪く、窓を開けて飲み残しのコーヒーや水をバシャ、バシャと捨てる。日陰を求めて壁際に立っているととても危険だ。ここでも喫煙者は肩身の狭い思いをしている。窓から捨てる方々と目が合っても涼しい顔で悪びれたところは全くない。中庭に敷き詰められた砂利は窓の下だけコーヒー色に染まっている。

○バスラ日誌(06年6月1日) ネズミ侵入騒動

 勤務を終えて2415頃宿泊コンテナに戻ると、某1尉がモップを持ち、ベッドの上にあぐらをかいて神妙な顔をしている。「侵入されました」。何! 軍関係者しか宿泊していないこんなところで泥棒騒ぎかと聞くと「ネズミに侵入されました」。「もしかしてネズミが怖いのか」「…どちらかと言えば、怖いです」。この前彼は、今怖いものは「ロケット、雷、班長、先輩」とバスラ日誌に書いていた気がする。ネズミは4位以内に入っていない。

○バグダッド日誌(06年6月2日) 素麺24人分を5人で

 連日50度を超える日が続いている。毎日米軍仕様の食事を食堂で楽しんでいるが、この暑さでステーキ、フライドチキン、ハンバーガーではさすがに皆もグロッキー気味だ。そこで先日、業務支援隊長に持ってきて頂いたつゆを使い冷や素麺を楽しんだ。素麺は4次隊が残してくれた最高級の「揖保乃糸」、食堂からたくさんの水を調達して冷たい喉ごしを心ゆくまで味わった。5人で24人前を一気に平らげ、食後は身動きがとれないほどだった。
バグダッド東部のサドルシティー。日中に直射日光を浴びると、命の危険すら感じるほど暑い。それでもイスラム教の集団礼拝がある金曜日には、モスク周辺に多くの人が集まる。欠かせないのが日傘。大型霧吹きのようなもので水をかけて回るサービスも登場する
バグダッド東部のサドルシティー。日中に直射日光を浴びると、命の危険すら感じるほど暑い。それでもイスラム教の集団礼拝がある金曜日には、モスク周辺に多くの人が集まる。欠かせないのが日傘。大型霧吹きのようなもので水をかけて回るサービスも登場する 出典: 朝日新聞

○バグダッド日誌(06年6月21日) 「バーコードだ!」

 昨日食堂で日系の米陸軍大佐■(※墨塗り)が話しかけてきた。ロサンゼルス五輪で柔道65キロ以下級の米国代表で出場したそうだ。北部方面総監部で米軍連絡官を勤めた経験があり、素晴らしい柔道家と飲み仲間で、師団長になっているはずだから思いつく名前を言ってみてくれという。「頭はバーコードだ!」(本人コメントのまま)、すかさず「■先輩」(すみません)と答えると、「その通りだ!」と言う。

「のり弁」ページも

 …と、公開された文書からわかった「いい話」を紹介しましたが、文書には内容がわからないよう墨塗りにされた部分も多くありました。バグダッド日誌やバスラ日誌で隠されたのは人名ぐらいでしたが、「のり弁当」のようなページもあります。

 私が見た文書の中で、日誌との関係も含めて一番気になった墨塗りが、2006年の小泉首相による陸自撤収表明前日の報告書です。

 あるページの下半分、「6月19日 ■(※墨塗り)に対する間接射撃について」というタイトルの下は真っ黒。上半分の「事案等の発生状況」という地図を見ると、陸自部隊が派遣されたサマワのあるムサンナ県は「事案等なし」ですが、隣のバスラ県のバスラで2件、「多国籍軍等に対する間接射撃あり。被害なし」とあります。

 だから、下半分の真っ黒の部分は、バスラでの多国籍軍に対する間接射撃の説明かもしれません。間接射撃とは障害物を超えて目標を狙う砲撃で、この場合は迫撃砲が考えられます。この日バスラは大変だっただろうなとバスラ日誌を探すと…なぜか報告書に載っていません。バグダッド日誌はあるのに。

陸上自衛隊のイラク派遣部隊による2006年6月19日の報告書。上半分の地図にバスラでの多国籍軍への「間接射撃」2件を示す一方、下半分の「6月19 日の■(※墨塗り)に対する間接射撃について」は完全に墨塗りされている。
陸上自衛隊のイラク派遣部隊による2006年6月19日の報告書。上半分の地図にバスラでの多国籍軍への「間接射撃」2件を示す一方、下半分の「6月19 日の■(※墨塗り)に対する間接射撃について」は完全に墨塗りされている。

 小野寺五典防衛相は「プライバシーや外国からもらった情報、自衛隊の運用に関わるところは不開示で対応」と説明しています。手の内は明かさないという訳ですが、報告書は毎日作るはずなのに、そもそも公開されたのは派遣日数分の半分以下です。陸自撤収から12年近くもたつイラク派遣について、どういう基準で「機微な情報」の出す出さないを決めているのか、よくわかりません。

 しかも今回の記録については、去年の2月に当時の稲田朋美防衛相が国会で野党に聞かれて「見つけることはできなかった」と答えていました。それが後任の小野寺氏の指示で探したら出てきて、実は稲田氏の在任中に陸自で確認していたが報告していなかった、という迷宮のような話です。

(左)南スーダンPKO日報問題で混乱した責任を取り、辞任の意向を記者会見で表明する稲田朋美防衛相(当時)=2017年7月28日、東京都新宿区の防衛省(右)閣議後、イラク日報問題で記者団の質問に答える小野寺五典防衛相=今年4月10日、首相官邸
(左)南スーダンPKO日報問題で混乱した責任を取り、辞任の意向を記者会見で表明する稲田朋美防衛相(当時)=2017年7月28日、東京都新宿区の防衛省
(右)閣議後、イラク日報問題で記者団の質問に答える小野寺五典防衛相=今年4月10日、首相官邸 出典: 朝日新聞

「隠蔽体質」改善を

 去年も陸自の南スーダンPKO(国連平和維持活動)への派遣記録について開示請求に対する隠蔽が問題になり、稲田氏や陸自トップらの辞任につながった訳ですが、とにかく防衛省・自衛隊は海外での自衛隊の活動に関する情報を出すことにおっかなびっくりです。森友問題で渦中の財務省と並び、文書管理のあり方が厳しく問われている中央官庁といえます。

 公文書とは国民のために仕事をする政府の記録です。公開することが政府にとって都合が悪く思えても、政府の仕事に国民が理解を深め、意見するための大切な手段になるのです。

 今回のバグダッド日誌やバスラ日誌へのツイッターでの好意的な反応は、情報公開を通じて政府と国民の距離が近づくいい例ではないでしょうか。「隠蔽体質」と批判されている防衛省・自衛隊ですが、これを励みに、情報公開と、それにしっかり対応するための文書管理に前向きに取り組んでほしいと思います。
     ◇
 今回公開された「イラク復興支援群活動報告」の全文は、朝日新聞デジタルの特集でご覧になれます。

【朝日新聞デジタル】陸自イラク「日報」 防衛省が公表した全文書

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