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相模原事件「園内」で感じた“すえたにおい”「ここに誰かがいた」

植松聖被告が建物に侵入後、最初に通った廊下=2017年7月6日、相模原市緑区、葛谷晋吾撮影
植松聖被告が建物に侵入後、最初に通った廊下=2017年7月6日、相模原市緑区、葛谷晋吾撮影

目次

 つい1年前まで人が住んでいたとは思えないほどの静寂が広がっていた――。相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺傷された事件から1年を迎える数週間前。私は事件後はじめて園内に足を踏み入れた。「すえたにおい」が教えてくれたのは「ここに誰かがいた」という痕跡だった。(朝日新聞横浜総局記者・飯塚直人)

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山あいに集まっていた報道陣

 事件があった2016年7月26日深夜。普段はほとんど人の歩かない山あいの地域に、報道陣が何十人も待機。道路にはタクシーや中継車が列をなしていた。

 暗闇の中にたたずむ施設に視線をやる。「あの中で人が殺されたのか…」。そう思うが、どこか遠い国の出来事のように思える。事件は施設内でおこったため、血痕をみることもなく、どんな場所だったのかは想像するしかなかった。凄惨(せいさん)な事件と頭では分かっていても、規制線の向こう側の事実に実感が湧かなかったのが本心だ。

殺傷事件があった「津久井やまゆり園」前には大勢の報道陣が集まった=2016年7月26日、相模原市緑区、岩下毅撮影
殺傷事件があった「津久井やまゆり園」前には大勢の報道陣が集まった=2016年7月26日、相模原市緑区、岩下毅撮影

すえたにおい「急に事件が現実に」

 ようやく実感が湧いたのが、1年後の園内公開だった。「どんな場所だったのか見てみたい」という思いは、ずっと心にあった。 中に入ると、薄暗く、静寂に包まれていた。張り詰めた空気で、息が苦しくなる。

 静寂の中で、感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。「嫌なにおいがする」。廊下を歩くと、すぐにそう思った。トイレや風呂から漂ってくるのだろうか、すえたにおいが鼻をつく。「人が暮らしていたにおいだ。ここで確かに誰かがいた」。急に事件が現実のものになる。「たった数十分で19もの命が絶たれ、生活が奪われ、廃虚になった」。背筋が薄ら寒くなり、気持ち悪さを感じた。

畳がはがされた部屋もあった。犯行の痕跡は、事件後の清掃でなくなっていた=2017年7月6日、相模原市緑区千木良、岩堀滋撮影
畳がはがされた部屋もあった。犯行の痕跡は、事件後の清掃でなくなっていた=2017年7月6日、相模原市緑区千木良、岩堀滋撮影

この日はじめて事件と向き合えた

 廊下を進むごとに、緊張で心臓が高鳴る。事件の痕跡はほとんどなくなっていたが、節々に、人が暮らしていた様子が見て取れたからだ。キャラクターのシールの貼られた窓、入所者が通った床屋のスペース、中庭のブランコ…。廊下の両脇には入所者の部屋がずらりと並び、中には血痕を取り除くためだろうか、畳がはがされた部屋もあった。

 施設を出ると、ようやく息ができたように感じた。それと同時に、肩の荷が少し下りたような感覚になった。発生から数カ月してから負傷者家族と話をしたものの、事件との距離感はつかめなかった。恥ずかしながら、この日はじめて事件と向き合えたのかもしれない。

部屋の窓ガラスに残されたキャラクターのシール=2017年7月6日、相模原市緑区千木良、飯塚直人撮影
部屋の窓ガラスに残されたキャラクターのシール=2017年7月6日、相模原市緑区千木良、飯塚直人撮影 出典: 朝日新聞

「気持ち悪さ」を感じてほしい

 多くの人は報道で事件を知り、現場に行くことはないだろう。記者ですら実感が湧かなかったのに、どうやって事件を実感してもらうことができるのだろうか。

 被告の動機の一つとして障害者への差別があったと言われている。風化していく事件の記憶が同じような差別を生んでしまわないか。「すえたにおい」を思い出しながら、そんな不安が頭をよぎる。

 つらい記憶を忘れることで前向きに生きることができるのも事実だ。それでも「事件を実感した時の気持ち悪さ、恐ろしさを少しでも感じてほしい」。強くそう思った。

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