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フィリピンに「イスラム国」の理由 中心人物「マウテ兄弟」とは何者

フィリピン南部マラウィで、マウテグループとの戦闘で押収した「イスラム国」(IS)の黒い旗を公開するフィリピン軍の兵士。覚醒剤約11キロも見つかった=2017年6月19日
フィリピン南部マラウィで、マウテグループとの戦闘で押収した「イスラム国」(IS)の黒い旗を公開するフィリピン軍の兵士。覚醒剤約11キロも見つかった=2017年6月19日 出典: ロイター

目次

 フィリピンで軍と「イスラム国」(IS)が戦っています。ISと言えば、単発のテロはヨーロッパなどでも起こしてきましたが、拠点とするのは中東。イラクとシリアに広い「領土」を持っていましたが、最近では奪い返されつつあります。遠く離れたフィリピンで、何が起きているのでしょうか。

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【画像】「5億円の懸賞金」ポスター ドラム缶にISの黒い旗 フィリピン軍とイスラム国の戦闘現場

直接的なつながり、なし

フィリピン南部マラウィでマウテグループと交戦するフィリピン軍の兵士=2017年5月25日
フィリピン南部マラウィでマウテグループと交戦するフィリピン軍の兵士=2017年5月25日 出典: ロイター

 この戦闘はフィリピン南部にあるミンダナオ島の都市の一つ、マラウィで5月23日に始まりました。市街地の一部をイスラム過激派が占拠し、これまでに市民44人を含む400人以上が死亡。30万人以上が避難生活を送っているほか、多数の住民が人質にされています。

 フィリピン軍と戦っているのは、「マウテグループ」という武装組織。約2年前に結成したという新興勢力で、ミンダナオ島を中心に戦闘を繰り返してきました。ISの黒い旗を掲げているのがたびたび目撃されています。

マウテグループが占領するフィリピン南部マラウィの一地区。ドラム缶の上に立てられているのはISの黒い旗=2017年5月29日
マウテグループが占領するフィリピン南部マラウィの一地区。ドラム缶の上に立てられているのはISの黒い旗=2017年5月29日 出典: ロイター

 中心メンバーのマウテ兄弟は、ともにシリアとアラブ首長国連邦への渡航歴があるほか、1人はエジプト、1人はヨルダンを訪れた経歴があると報じられています。

 とは言え、マウテ兄弟がISの支配地で戦闘に参加したとか、訓練を受けたといった記録はありません。直接的なつながりはないようです。

アルカイダとも関係、あり

アブサヤフ幹部、イスニロン・ハピロン容疑者には500万ドルの懸賞金がかけられている=2017年2月1日
アブサヤフ幹部、イスニロン・ハピロン容疑者には500万ドルの懸賞金がかけられている=2017年2月1日 出典: ロイター

 ミンダナオ島には、マウテグループよりも前からISを名乗る武装集団がいます。アブサヤフといいます。マウテグループはこのアブサヤフとつながりがあり、影響を受けたと言われています。

 アブサヤフは1991年の結成。もともとは国際テロ組織として知られるアルカイダから、資金などの援助を受けていました。アルカイダは2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルを破壊したアメリカの同時多発テロを行ったグループです。

黒煙を上げるニューヨークの世界貿易センタービル=2011年9月11日
黒煙を上げるニューヨークの世界貿易センタービル=2011年9月11日 出典: ロイター

 そのため、米軍がフィリピン軍と協力して掃討作戦を繰り広げ、壊滅寸前まで弱体化しました。

 すると2014年、ISが「国家」の樹立を宣言した直後に、ISへの忠誠を誓う動画を自らネットに掲載。ISのフィリピン支部を名乗り始めました。

珍しくない「くら替え」

シリア北西部イドリブ県で、人さし指を突き上げるヌスラ戦線(現・シャーム解放委員会)のメンバー=2014年5月17日
シリア北西部イドリブ県で、人さし指を突き上げるヌスラ戦線(現・シャーム解放委員会)のメンバー=2014年5月17日 出典: ロイター

 イスラム過激派が、自分たちの「所属」を変えることは、そう珍しいことではありません。

 たとえばシリアに、日本人ジャーナリストの安田純平さんを拘束しているとみられる「シャーム解放委員会」(旧ヌスラ戦線)という組織があります。アルカイダ系でしたが、2016年に離脱を表明しました。

 アルカイダはアメリカをはじめ、多くの国から目を付けられています。真っ先に空爆などの攻撃対象になるし、活動資金の受け取りも厳しく監視されています。これを避けようとする狙いがあったようです。

 アブサヤフの場合は、勢力が弱まる中で、当時は破竹の勢いだったISにあやかろうとしたのではないかと指摘されています。

源流はイスラム独立運動

フィリピン南部ミンダナオ島で、兵器の使い方を訓練するモロ・イスラム解放戦線(MILF)のメンバー。イスラム系住民の独立を目指した=1995年12月4日
フィリピン南部ミンダナオ島で、兵器の使い方を訓練するモロ・イスラム解放戦線(MILF)のメンバー。イスラム系住民の独立を目指した=1995年12月4日 出典: ロイター

 フィリピンはアジアでは珍しく、キリスト教徒が約1億人の人口の9割以上を占めています。イスラム教徒は5%程度ですが、古くからミンダナオ島周辺に集中し、独自の文化を築いていました。

 ところが、第二次世界大戦が終わって独立した後、フィリピン政府はキリスト教徒のミンダナオ島への移住を進め、もともと住んでいた人たちと対立。1970年ごろから、イスラム教徒の独立を求める武力闘争になりました。長年の戦闘で死者数は十数万人を数え、避難民は200万人以上にのぼるそうです。

 アブサヤフやマウテグループも、もとをたどればこの「ミンダナオ紛争」から派生しています。

フィリピンの首都マニラで、警察に投降するアブサヤフのメンバー=2005年3月15日
フィリピンの首都マニラで、警察に投降するアブサヤフのメンバー=2005年3月15日 出典: ロイター

 日本政府の仲介もあって、2012年、イスラム教徒の自治政府を立ち上げることが決まりました。ところが、アブサヤフはこの和平路線を拒否し、今も戦闘を続けています。まるで戦闘自体が目的になってしまったかのようです。

 他方、ISは一時の勢いを完全に失っており、資金や人をフィリピンに回す余裕はありません。今のところ、中東からISの戦闘員がフィリピンにごっそり移ったというような事実はありません。

 そんなわけで、マウテグループが、ISの名前を利用していると言った方が正確です。

第2の拠点化に警戒

戦闘で破壊されたフィリピン南部マラウィの市街地=2017年6月28日
戦闘で破壊されたフィリピン南部マラウィの市街地=2017年6月28日 出典: ロイター

 フィリピン大学イスラム研究所のジュルキプリ・ワディ所長は「IS勢力がフィリピン南部に広がったという見方は過剰だと思う。ISは中東、アフリカ、ヨーロッパなどを重視しており、東南アジアは優先順位でいえば下位だ」と話しています。

 ただ、ISが拠点としてきた中東で追い詰められていることで、状況が少し変わってきました。

 近いうちにISは、イラクやシリアで支配地を完全に失うことが予想されています。ISには外国人戦闘員が数多く参加しており、東南アジアからも600人程度がイラクやシリアに渡ったとみられています。インドネシア人が中心ですが、フィリピン人も含む数字です。

 中東での戦いの中で死亡する戦闘員もいますが、逃げのびる場合もあります。ISは、外国人戦闘員たちに、母国へ戻って活動を継続するように命じていると言われています。

フィリピン南部マラウィへのマウテグループの侵攻を逃れ、避難所で暮らす人たち=2017年6月18日
フィリピン南部マラウィへのマウテグループの侵攻を逃れ、避難所で暮らす人たち=2017年6月18日 出典: ロイター

 また、フィリピン政府は先月、今回のマラウィでの戦闘で死亡した戦闘員の中に、チェチェンやサウジアラビアの出身者がいたと明らかにしました。チェチェンはロシア領内にありますが、イスラム武装勢力が独立を目指して闘争を続けており、ISには数千人の戦闘員を送っていると言われています。

 中東から落ちのびた戦闘員が、ミンダナオ島を拠点に新たな「国家」を宣言するようなことがあれば、大変です。フィリピンのドゥテルテ大統領は、軍の権力を一時的に強める戒厳令を出し、本腰を入れて対抗。アメリカ軍も特殊部隊を送って支援しています。

 ですが、マウテグループは人質にとった住民を盾にして抵抗。軍は苦戦しており、解放には時間がかかりそうです。

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