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NHKさん…曜変天目をディスコに!変すぎる美術番組、映像作家の正体

「曜変天目」をディスコにしてしまった…Eテレの「びじゅチューン!」=NHK提供
「曜変天目」をディスコにしてしまった…Eテレの「びじゅチューン!」=NHK提供

目次

 「コレ、傑作!」「見たらクセになる」……と、人気を呼んでいるNHK Eテレの「びじゅチューン!」。誰もが知っている美術作品を紹介する5分間のミニ〝美術番組〟ですが、流れてくるのはシュールなアニメーションと、独特のゆる~い歌。そのアニメ制作から作詞、作曲、歌唱のすべてを1人で手がけているのが映像作家の井上涼さんです。担当プロデューサーに「彼が辞めるというまで番組を続けるつもり」と言わしめたその実力。いったいどんな人なのでしょう?(ライター・磯村完)

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「びじゅチューン!」を作っているのがこの人、映像作家の井上涼さん=磯村完撮影
「びじゅチューン!」を作っているのがこの人、映像作家の井上涼さん=磯村完撮影

「Eテレ」の最先端を走っている

 親しみやすく、斬新な試みの番組が次々と生み出されている「Eテレ」にあって、「びじゅチューン!」(毎週火曜午後7時50分/再放送 水曜午後10時45分)は、進化する「Eテレ」の最先端を走っている番組……かもしれません。

 なにしろ、美術番組でありながら難しい解説はいっさいなし。5分間の番組中、美術作品を紹介するコーナーはわずか1分弱で、そのほとんどを井上さんのアニメと歌が占めるという大胆な構成なのです。

 番組の〝仕掛け人〟NHKエデュケーショナルの倉森京子プロデューサーによれば、もともと別の番組のために井上さんに歌とアニメを依頼したことが「びじゅチューン!」誕生のきっかけだそう。

 「実家へ帰省中にたまたま、井上さんから作品が送られてきましてね。それをパソコンでチェックしていたところ、めいっ子が見て、1~2回、歌を聞いただけで覚えてしまったんです。これはイケる! と直感しました」

「ツタンカーmail」(カイロ考古学博物館所蔵「ツタンカーメンの黄金のマスク」=NHK提供
「ツタンカーmail」(カイロ考古学博物館所蔵「ツタンカーメンの黄金のマスク」=NHK提供

「曜変天目」がミラーボール、「ひまわり」がタワシヘッド

 実際、子どもにもウケるアニメと歌の奇想天外な作風は、まさに「なんじゃ、コレワッ」もの。たとえば、ゴッホの「ひまわり」に描かれた大輪の花が〝高速回転する掃除機のタワシヘッド〟に変身。

 鑑定結果をめぐり波紋を呼んだ「曜変天目」も、「びじゅチューン!」の手にかかればディスコに変身。瑠璃色の小さな模様をミラーボール?に見立て、茶碗の中でレオタード姿のギャルが踊るという仕立てに。

 レオナルド・ダビンチの名作「モナ・リザ」は、会社の給湯室で謎の微笑を放つおつぼねOLに、エドワルド・ムンクの名画「叫び」の中の人物は、そっくりそのままラーメン屋のオヤジに変身……と、毎回、〝井上ワールド〟が炸裂(さくれつ)。

 倉森プロデューサーも「美術作品に対する着眼と発想力は天才」と舌を巻くほどなのです。

「ひまわりがお掃除しちゃうわよ」(ゴッホ「ひまわり」)=NHK提供
「ひまわりがお掃除しちゃうわよ」(ゴッホ「ひまわり」)=NHK提供

二足のわらじで作品づくり

 そんな井上さんは、兵庫県小野市出身の33歳。父親は彫刻家で、幼い頃から「生活の中に常にアートがあった」といいます。

 金沢美術工芸大学では、デザイナーを志して視覚デザインを専攻。アニメと作詞・作曲・歌唱のすべてを1人で作る現在のスタイルは、大学に在学中からだそうで、シンセサイザーを使っての作曲も、独学で学んだそうです。

 いまや気鋭の映像作家として注目を浴びる井上さんですが、3年前まで広告会社に勤めるサラリーマンだったそう。

 「大学卒業と同時に二足のわらじを履きながら作品づくりをしてきました。Eテレの『テクネ 映像の教室』への出演がきっかけで倉森さんと知り合い、『びじゅチューン!』のレギュラー化を機に会社を辞めて独立しました」

アニメと作詞・作曲・歌唱のすべてを1人で作る=磯村完撮影
アニメと作詞・作曲・歌唱のすべてを1人で作る=磯村完撮影

発想の秘密に「ある儀式」

 番組スタート当初は2カ月に3本、番組が軌道に乗った現在は月に1本のペースで作品を作り続けているそうですが、凡人には思いつかない型破りなストーリーの発想の秘密は、どこにあるのでしょうか。井上さんには、必ず行う作業があるそうです。

 「番組で取り上げる作品が決まると、画集や資料写真を見ながら模写をします。模写といっても、シャープペンシルで軽くなぞっていくラフなスケッチですが、描いていると細かいところに気づく」

 「たとえば、5月に放送予定の岸田劉生の『麗子像』を模写していたら、手にみかんを持っていることに気づいたんですね。見るだけでは見落とすものも、描くことで気づいたり、見えてきたりするものがある。そこからアイデアが浮かんできます」

 井上さんの場合、アニメのアイデアと同時に、歌詞のワン・フレーズが浮かぶことが多いそう。これを手がかりにしてストーリーを紡ぎ出し、曲を作っていくといいます。

 「僕の作る曲は、プロならば選ばない音、良しとしない音程が含まれます。でも、僕ならば許されるのかなって。持ち味で勝負しております(笑)」

「ムンクの叫びラーメン」(エドワルド・ムンク「叫び」)=NHK提供
「ムンクの叫びラーメン」(エドワルド・ムンク「叫び」)=NHK提供

会社時代の経験いかす

 湧き出るアイデアの海を奔放に泳いでいるように見えて、そこは「美術番組」。

 取り上げる美術作品の描かれた時代背景や作家の歩んだ人生、作品の特徴、技法などを理解したうえで、美術作品の特徴や鑑賞するうえでのポイントをさりげなくアニメや歌の中に織り込んでいかなければなりません。

 集めた資料を読み、アニメや歌詞のストーリーを膨らませていく作業はなかなか大変。じつは、そこにサラリーマン時代の経験が生きていると、井上さんはいいます。

 「広告会社での職種は、アートディレクター。ポスターやCMなど、ビジュアルデザインのアイデアを考案し、作品の方向性を決めて、デザイナーたちを動かしていく現場監督のような仕事でした。とくに、ゴールに至るいくつもの道筋のどれを選ぶかが大事。『びじゅチューン!』の作品づくりも同じだと実感しています」

 この番組の特徴は、歌とアニメで視聴者の心をわしづかみにしながら、単に〝井上劇場〟で終わらせることなく、視聴者の記憶の中に美術作品の印象をしっかりと残していることです。

 アーティストとしての才能に、広告マン時代に培ったアートディレクターとしての冷静な目が加わってこそ、美術番組としての「びじゅチューン!」が成り立っているというのです。

広告会社での経験も番組作りにいかされているという=磯村完撮影
広告会社での経験も番組作りにいかされているという=磯村完撮影

「人間肯定主義が顔をのぞかせている」

 それにしても、井上さんのアニメや歌の世界は、どれも心が和み、ハッピーになれるストーリーばかり。それに、人の心の機微をよく捉えています。

 たとえば、「お局のモナ・リザさん」は、周囲から疎まれるおつぼねOLですが、じつは見えないところで細やかな気遣いを見せるとても優しい人というオチ。

 「僕は人間が大好き。だから、外で食事をしているときも、周りのお客さんが何を話しているのかとか、つい耳をそばだててしまいます。一緒にいる相手の表情や持ち物も気になる。あ、いまため息をついたのは何でかなって」

 「僕は人間賛歌を作りたいんですよね。人間を肯定したい。平和主義なんです。美術は、人間を肯定するためのものだと思っている。だから、美術というトンネルを通って、僕の中の人間肯定主義が顔をのぞかせているのだと思います」

「お局のモナ・リザさん」(レオナルド・ダビンチ「モナ・リザ」)=NHK提供
「お局のモナ・リザさん」(レオナルド・ダビンチ「モナ・リザ」)=NHK提供

「彼が辞めるというまで番組を続けるつもり」

 番組の開始以来、54本の作品を送り出してきた井上さん。この先、どんな〝井上ワールド〟が見られるか楽しみにしているファンも多いハズ。

 倉森プロデューサーもそんな1人で、「彼が辞めるというまで番組を続けるつもり」だと語っていました。

 番組のホームページには、番組で取り上げた美術作品の解説とともに、井上さんの作品の数々が紹介されています。

     ◇

 記事は朝日新聞「(はてなTV)アニメや歌の作者はどんな人?」に寄せられた質問を元に作成しました。

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