話題
「国籍、戻すわけない」猫ひろしが、カンボジアで見つけた“特権”
国籍を変えるという大胆な方法で、マラソンのカンボジア代表になり、リオ五輪に出場した猫ひろしさん。夢をかなえて再び日本人になるのではとの声に、「国籍、戻すわけない」ときっぱり。理由は「ぼくの特権」だといいます。(朝日新聞社会部記者、小林孝也)
猫さん、5歳の娘さんにたずねたことがあります。
「パパの仕事何かわかる?ってね。『ランナー』っ言うと思ってたら、芸人でもなく、『カンボジア』と。意外と鋭かったです」
「旧日本人の現カンボジア人というのは、僕だけの特権です。日本に国籍を戻すと一度も言ったことはないし、全く考えていません」
猫さんが国籍をカンボジアに変えたのは5年前。間近に迫ったロンドン五輪への出場を目指しての行動には、批判もありました。国際陸連の規定で出場できなかったことも「安易では」と追い打ちをかける。ただ、それからも、走り続けました。
「僕が国籍を変えて一番影響を受けるのはカンボジアの選手ですよね。でも2015年の東京マラソンで2時間27分52秒の自己ベストを出したら、フェイスブックで『おめでとう』とメッセージをくれました。ライバルであり、友だちでもある。得たことは多いです」
迎えたリオ五輪の夢舞台は雨のレースでした。タイムは2時間45分55秒で、完走者の中で下から2番目。率直な感想は、「魔物がいるなって思いました。僕のレベルで魔物とか言っていいのかわかりませんけど」。
テレビに映るとしたらスタートの時しかないと。気合を入れてスタートラインの一列目に並んだものの、斜め後ろを見ると選手村で顔見知りになった北朝鮮の選手がいて、様子が少し変です。
「すごい苦しそうにしてたから、よかったら前に来るかって。そしたら、いつの間にか僕の前に来ていて、僕が2列目になっちゃったんですよ。これじゃ映らない。知り合いも、アフリカ勢の中にアジア人の顔を探して、僕と彼を見間違えたみたいです。『あれ猫じゃない?いや、違うよ。背高いわ』って」
「レース中にももが痛くて足が上がらなくなった。けれど、カンボジアのみんなも応援してくれていると思ったら歩くことはできない。とにかく走ろう」と、前へ。
ゴール直前の最下位争いは大きな感動を呼びました。「自分が一番後ろかと思っていたら、ポンと背中をたたかれて、ヨルダンの選手でした。これは負けられないと思って走りました。最後、直線になるんですよ。天気もよくなって、すごく道がひらけていて気持ちよかった。やっぱり挑戦してよかったなって」
今後、カンボジアとはどう関わっていくのか。20年には東京五輪もあります。
「まだ何も考えていないですけど、チャンスがあれば選手としても走りたい。カンボジアの選手も来るから東京を案内するガイドみたいなこともできるじゃないですか」
さらに、2023年には東南アジアのオリンピックと呼ばれる大きな大会がカンボジアで開催予定で、国内でもメダル獲得に向けて気合が入っているそう。ただ、陸上を専門に指導できるコーチがいません。
「コーチのいない場では、選手から僕の練習メニューをやりたいと言われます。日本のほうがマラソン理論は進んでいますから、協力させてほしい」
「国籍を変えるとか、戻すとかではなくて、どの国籍でもできることはある。僕がカンボジア人としてできることをもっと聞いてほしい。特権をプラスに考えて、やっていきたいです」
「30年後くらいに僕が浅草の舞台で『ラッセラー』とネタをやって、若手芸人が『あの人、国籍を見たらカンボジア人だ』と言ってたり、100年後くらいにひ孫が家系図を見て、『1人だけカンボジア人がいる』と話していたりしたら、おもしろいですよね」
◇
ねこ・ひろし 39歳。お笑い芸人としてテレビや舞台で活躍。2008年の東京マラソンで本格的にマラソンを始め、マラソンの五輪代表になるため、11年にカンボジア国籍を取得。
1/17枚