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「ビビット」薬物報道に抗議文 「ありがとう」と言って捕まる深刻さ
覚醒剤取締法などの罪で起訴された元俳優・高知東生被告のニュースを巡り、市民団体「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」がTBSに抗議文を送りました。問題視されたのは、情報番組「ビビット」の出演者のコメントです。依存症で苦しむ人が逮捕される時に吐露する「ありがとう」の意味とは……団体のメンバーで、一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表に経緯を聞きました。
――どういう発言が問題と感じて抗議したのでしょうか。
TBSの朝の情報番組「ビビット」で、高知被告が逮捕時に「来てもらってありがとう」と発言したことをとりあげました。その際に、コメンテーターのテリー伊藤さんが「ありがとうなんて彼にとって軽い言葉だなと思っている。本当に更生したいのだったらこういう言葉は出ない。ありがとうなんてふざけるなっていう感じがします」などとコメントしました。
しかし、私たちの考えは違います。薬物依存症者の多くは「やめたい」「やめたい」と苦しみ続けているのです。高知被告は「これでやっとやめられる」と思い、「ありがとう」と語ったのではないか。更生したい、回復したいと思っていたからこそ、思わず出た言葉なのだと思います。
覚醒剤の所持は確かに違法です。だからと言って、まるで薬物依存症者には人権はないとばかりにおとしめるのはやめてほしいと考えたからです。
――番組あてに抗議書を送ったところ、7月16日に番組のプロデューサーと話をすることができたそうですね。
プロデューサーから電話をいただき、TBSまで行って話をしてきました。その結果、下記のようなことを約束していただきました。話し合いはとても穏やかに進み、有意義なものになりました。
・これからはテリーさんのようなタレントの発言だけでなく、依存症の専門家の意見も紹介するようにする。
・今困っている人がどうしたら良いのかといった情報も流していく。
・「ダメ絶対」的なものだけでなく、回復者の姿など、やめられずに苦しんでいる人が、回復しようと勇気を持てるような、方向性の番組作りをする
・人格否定、個人攻撃で、同じ依存症に苦しむ人たちを、傷つけるようなコメントをさける。
――団体設立の経緯は
今年に入り、元プロ野球選手の薬物使用や、巨人軍の選手による野球賭博やバドミントン代表選手による違法カジノ通いなど、依存症がクローズアップされる機会が増えました。こうしたニュースをテレビや新聞、雑誌などのメディアが取り上げる中で、私たちが見過ごせないと感じる問題報道が多いと感じたからです。
依存症問題に関わる医師や支援団体の代表らが集まって今月立ち上げました。私たちは今後、問題点をメディアと協議し、改善を求めていくつもりです。勘違いしないでほしいのですが、報道の責任を問うことが目的ではありません。メディアが「情報の架け橋」として機能し、世の中の依存症問題が改善されていくことを目指しています。
――メディアのどういうところが問題だと感じていますか。
依存症は病気だという視点が抜け落ちていることです。近年は依存症を病気としてとらえ、依存症外来を開設している医療機関が増えています。やめたいと思っていてもやめられないのは、決して個人の意思の問題ではなく、脳が正常な判断ができなくなっている依存症という病気にかかっているからです。
病気だという視点が抜けているから、人格を否定するような発言が出るのだと思います。こうした言葉ばかりがメディアで取り上げられると、依存症で苦しんでいる本人は「どうせ何を言っても信じてもらえない」と自暴自棄になり、正直に打ち明ける勇気を失っていきます。
また、依存症者の家族も「誰かに相談したら、社会から抹殺される」という恐怖感で、誰にも相談できず、ひたすら家族の中で問題を隠そうとしてしまい、より深刻化してしまいます。家族に与える影響は本当に大きいのです。
今月23日には大阪市でギャンブル依存症の家庭で育つ子どもたちを考えるシンポジウムを開催します。ギャンブル依存症の家庭で育った落語家の桂雀々さんの講演や依存症の家族を扱った映画「微熱」の上映などを予定しています。
――しかし、多くの人はギャンブルにそこまでのめり込まないし、薬物にも手を出しません。そういう人たちからすると率直な意見なのでは。
「依存症が病気」と発信しているからといって、私たちは罪から逃れようとしているわけではありません。罪と病気の両方を受け入れてほしいと考えているのです。
依存症者の心理状態について、多くの人は理解できません。人はわからないことに対し、拒絶反応を示すか、自分の理解の範疇に落とし所を見つけようとするものです。だから「薬物に負けた」「意思が弱い」などと道徳的な意見を言ってしまうのです。
メディアを通して専門家ではない人の意見が、まるで正しい知識のように扱われることが問題だと考えています。とくに過激な発言をすればするほど、メディアが好んで取り上げるため、間違った主観が喧伝され、その考えが真実であるかのように広まっていきます。
そうではなく、依存症への正しい知識を持つ専門家のコメントを取り上げていただきたい。また、回復し社会復帰している姿を報道し、当事者が回復しようと勇気の持てるような報道や、今困っている家族がどこに相談したら良いかなど、役に立つ報道を心がけてほしいです。
――依存症が病気という主張はわかりました。だからといって間違った行いの免罪符になるとは思えません。
もちろんそうです。ルールに違反したペナルティは負わなくてはなりません。ただ、彼らに必要なのは社会から排除することではなく治療です。
たとえば野球賭博をした巨人軍の選手は解雇されましたが、巨人軍には解雇する前にきちんと治療を受けさせる必要があったと思います。彼らは結局、満足な治療を受けずに社会に放り出されてしまいました。
治療プログラムの中には、迷惑をかけたすべての人に会って謝罪するというものがあります。自分が行った行為と向き合うつらい作業です。
私たちは依存症という病気だから、すべて許してと言っているわけではありません。一時的に問題を棚上げして、治療を受けさせてほしいと訴えているのです。
――ほかに問題だと感じるメディアの報道はありますか。
いま競馬や競輪、競艇など地方の公営ギャンブルがインターネットを活用して、夜間営業を始めるところが増えています。北九州市の小倉競輪は期間限定で午後11時半まで営業しています。ついに夜中の11時半までギャンブルができるようになったのです。
こうした現状を「地方の公営ギャンブルがV字回復」などと、メディアはまるで良いことのように報道しています。朝日新聞でもそういう記事を見かけました。もちろん、公営ギャンブルに従事する人の雇用も大切ですし、利益は地元自治体に還元されますので、市民にとって利益もあります。
でも、ギャンブルには依存症になるリスクがあります。その部分にふれないメディアは、無責任としか思えません。
ここ数年、メディアが依存症を取り上げたくれたおかげで、この問題に光があてられたのは事実です。それは本当に感謝しています。
繰り返しになりますが、私たちは報道の責任を問うことが目的ではなく、メディアと協力して依存症問題が改善されていくことを目指したいと考えています。
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田中紀子(たなか・のりこ) 父は競馬、祖父はパチンコと「ギャンブル依存症」の家庭に育ち、ランドセルや制服も買ってもらえなかった少女時代を過ごす。夫もギャンブル依存症で、長年に渡り借金生活を送るが、自助グループとの出会いをきっかけに回復する。2014年に同じ問題を抱えた人々のために「ギャンブル依存症問題を考える会」を設立した。
■大阪でシンポジウム
7月23日13時半から大阪市の大阪国際交流センターでギャンブル依存症の家庭で育った子どもたちを守るシンポジウムが開催される。落語家の桂雀々さんの講演会や、映画「微熱」の上映会がある。前売り券は千円。当日券は1500円。問い合わせは03-3555-1725。詳細はギャンブル依存症問題を考える会のホームページで確認できる。
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