感動
あのオーラまで再現…ものまね芸人ニッチロー’「内側も鍛えている」
笑われてきたことを達成してきた――。イチロー選手(42)=本名・鈴木一朗=が日米通算で最多安打を放った日の言葉です。ものまね芸人のニッチロー’さん(37)=本名・今村健太さん=は、イチロー選手になりきり「笑われる」ことを仕事にしてきました。カレーを食べ続け「スシロー」に通う姿には、不思議な説得力が漂います。そのオーラもイチロー選手のなせる技なのか……。誰よりもイチロー選手を見続けたニッチロー’さんに、偉業を達成したイチローさんへの思いを聞きました。(朝日新聞東京社会部記者・山本亮介)
2012年4月から本格的に芸能活動を始めたニッチロー’さん。身長は全く同じ。しぐさはイチロー選手そのものです。長野から上京し、東京で「守りに入っている」自分を変えようと、路上での芸を始めたそうです。
今では「気軽に声をかけにくい」空気まで芸の一部です。
「しぐさをまねるのは誰にでもできます。内側を鍛えるのが、僕の一番の課題」。その一途な探究心は、まるでイチロー選手のようです。
実は、記者は渋谷でニッチロー’さんを見かけたことがあります。一緒にいた娘が「お父さん、イチローがいる!」と叫んだほどのオーラを発していました。
あの、お笑い芸人らしからぬ緊張感はどこから生まれるのか? 日米通算で最多安打に続き、今度は大リーグ通算3千安打も間近の今、ニッチロー’さんを訪ねました。
――ものまねするようになったきっかけは。
10年前、当時勤めていた代々木上原のカフェの常連客から「似てるじゃん」って言われたのがきっかけです。
翌日、帽子を買って店に出ると、「イチローくん」って呼ばれました。袖のところをちょっと触って、最初はそんな感じでした。
――数年前、娘と渋谷を歩いていたら、「お父さん、イチローがいる」と言われたことがあります。今思うと、ニッチロー’さんでした。
路上でパフォーマンスを始めたころです。渋谷はドジャーススタジアム、新宿はヤンキースタジアムと言い聞かせ、毎週末、路上に出てました。傍らにユンケルの瓶を置いて。
何かを変えたかったんです。CM制作や俳優にあこがれ、高校卒業後に長野から上京して、専門学校や養成所に通ったけど、いま考えれば、全部中途半端でした。
面白いことをするために東京に来たのに、飲食店勤務の生活に慣れて、いつの間にか守りに入っているのに気づいたんです。
――怖くなかったですか。
初めて路上で物まねした日の緊張は、今も忘れません。2009年のWBC東京ラウンド会場の東京ドーム周辺が芸人としてのデビュー戦。地下鉄後楽園駅のトイレの個室で着替えたけど、なかなか外に出られませんでした。
悩むこと10分。「さぁ行こうぜ」。そう声を出して、トイレのドアを開けました。道が開けた瞬間です。
警察に怒られたり、野球ファンからヤジられたりしましたが、イチローさんの強いメンタルを見習い、常になりきってきました。
「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」という言葉が一番好きで、いつも肝に銘じてます。しぐさをまねるのは誰にでもできます。内側を鍛えるのが、僕の一番の課題。もちろん芸をしている意識はありますが、何よりイチローさんが自分を変えてくれた。
――なりきるためには
モデルのように体の動きをきれいに見せ、気軽に声をかけにくい緊張感を周囲に漂わせます。カレーは週3回以上。ビールはもちろん、キリン一番搾りです。イチロー選手の格好で、回転すしの「スシロー」に行くこともあります。
――イチロー選手と会ったことは
まだ、ありません。
2011年。勤め先を辞めた年に初めて米国でイチロー選手の試合を観戦した時、プレーが続いている打球をファウルボールと勘違いし、誤って観客席から身を乗り出し、ボールをつかみ取ってしまいました。
おしまいだ、と思いましたが、たまたま球団の社長夫妻が見ていて、「わざとじゃないから許してあげなさい」と進言してくれたそうです。
その晩、ホテルに帰って、テレビをつけたら、自分が映っていました。イチロー選手のものまねをしていることを知らない母親からも電話がかかってきて、怒られました。
タイミングがくるまでは、会えないままでいいと思っています。こちらから押しかけるんじゃなくて、まだ会っちゃいけない、気持ちが大きいんです。
――人のまねをして生きることに、葛藤はありませんか。
結論から言えば、ありません。僕の場合、それがイチロー選手だからかもしれません。
ものまねすることで、積み重ねていくことの大切さ、常に自分を磨き続けることのかっこよさを教えてもらいました。僕にとっては人生の教科書。絶対に追いつけないけど、間違いなく人生を変えてくれましたから。
――自分の道を決めるのって難しいと思います。
何か一つ熱くなれるものがあれば、失敗したっていいから、トライしてほしいって思います。くだらなくても、誰にも一つ、個性がある。
僕に言われてもって感じですけど、不思議と説得力があるみたいなんです。これもイチローさんのおかげですよね。
◇
ニッチロー’ 37歳。長野県飯田市出身。高校時代はサッカー部で川口能活選手を完コピし、盛り上げた。2012年から本格的に芸能活動を始め、芸名は隙間の意味の「ニッチ」をかけた。本名今村健太。ナチュラルマジック所属。
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