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「本読まない政治家ばかり」 国会の本屋「五車堂書房」おやじの嘆き
日々、激しい論戦が交わされる国会議事堂。その片隅に、「五車堂書房」という小さな本屋さんがあります。50平方メートルほどの店内に、およそ1万5千冊の品ぞろえ。半世紀にわたってこの店を守り、永田町の移り変わりを見てきたのが、店主の幡場益(はたば・すすむ)さん(75)です。国会議員や秘書、政府の職員らに愛される「五車堂のおやじ」に、ずばり大成するための読書術、聞いてみました。(朝日新聞東京本社政治部・笹川翔平)
――店内に「親父の小言」という紙が貼ってあって、「書物を多く読め」のところに赤線が引いてありますね。なぜ、本を読むことが大事なんでしょうか。
いちばん基礎だってことでしょうねえ。何やるったって、生きていく上での基礎でしょう、読むということは。いろいろ知識を吸収するしさあ。
何事も、本を読まない人はそれが分からないもんね。人間ね、本を読まなくちゃしょうがないでしょうね。作家だってなんだってそうでしょう、みんな本を読んでるからね。ものすごい量で。
大事なところは線引いたり丸つけたりさ。簡単なものはいざ知らずね、やっぱり紙の本じゃなきゃいけないでしょうねえ。読まなきゃ書けないしね、書ける人は読んでるんだよ。
――最近の政治家は本を読まないんじゃないですか。
読まないでしょ、本なんか、はっきり言って。読んだふりして、スマホ見てるからね。
議員会館行って、先生の部屋行きゃ分かりますよ。本がいっぱいあるところもあるし、なんにもない、本箱も何もない、なんだこれ、ええ?ってところもある。
――いま私の担当は自民党の谷垣禎一幹事長ですが、このあいだ、日本橋の丸善で6万円分ぐらい本を買ったそうです。最近の政治家の中ではなかなかの読書家だと思うんですが。
小さいねえ、6万円ぐらい買ったってね。うちにある『国史』なんて、一冊2万5千円だよ、なんだ、国史も持ってないやつはろくなこと言うんじゃないってんだ。
そういう本がいくらでもあるんだから、5万だか6万だか知らないけど、上には上がいるからね。
――上には上というと、読書家だった政治家には誰がいますか。
やっぱり伊東正義さんから、倉成正さんとかね。前尾繁三郎先生、「政界の三賢人」なんて言われた人だよ、この人は赤坂のマンションの部屋一つ、書庫みたいになってて、月に500万円も本を買ったとかね。
信じられない? みんな信用しないよ、ホラ吹いてるんじゃないかってね、本を買わないやつに限ってそういうこと言うからね。
大平正芳さんもそう、細田吉蔵さんもそうだな。(息子で衆院議員の)細田博之さんに聞いたら、「うちのおやじは夕飯食べて、ゆっくりして、五車堂で買った『文芸春秋』を読みながら死んだ」って言うんだから。びっくりしたね、大往生だよ。
細田さん、自分で買いに来るんだもん。こうもり傘が杖代わりだよ、あんた。すごいんだよ。そういう人も自民党に今、いないねえ。
――大平正芳首相も、本を買いに来たんですか。
奥さんがね、うちの神田の店にタクシーで来て、車いっぱいになるほど買っていくの。いろんな注文持ってきてね。それだけ本読んでるんだ。
国会で答弁に立って、「うー、あー」なんて言ってもね、質問するほうがバカなんだ。そんな、なんでも知ってる人に細かいこと聞いちゃダメ。分かってる人は分かる。分かんないやつは「鈍牛だ」とか言ってるんだろ、バカ言うなよ、それだけの人なの。だから総理になるの。大変なもんだよ。
――ところで、最近売れた本は何ですか。
最近はね、田中角栄のブームみたいになってるから。どこ行ったって石原慎太郎の『天才』が並んでるでしょ。
――なんで田中角栄の本が今売れるんですか?
やっぱり今の政治家であれだけのビジョンを持ってる人、いないでしょう、はっきり言って。大風呂敷広げたか知らないけど、そういう考えがまず、ないでしょう。
消費税がどうったら、8%から10%にしよう、そんなことばっかり考えてるんだから。
「こんなもの上げなくたってなんとかするべ」なんていう人もいないしさ。そういうのいたっていいんだけどね。約束したから上げる、みたいになってて。おっかしいよねえ。
――本を読まない政治家が多いようですが、政治家はどんな本を読むべきでしょうか。
うん、やっぱり歴史を読まなきゃいけないでしょうね。洋の東西を問わず。歴史を知らないとやっぱり、困るでしょうね。
それから古典ね。ヨーロッパやアメリカの政治家は、ギリシャやラテンの古典を勉強する。日本で言えば、人の上に立つ人は、中国の陽明学や帝王学を学ばないといけないよ。そういう本を読んでほしいと思って置いてきたけど、売れないねえ。もう片付けちゃった。
――歴史といえば、私が総理番だったとき、いよいよ衆院解散になりそうだというタイミングで、安倍晋三首相が公明党のパーティーに行って「天気晴朗なれど波高し」と言ったことがありました。これは日露戦争のとき、日本海海戦を前に連合艦隊が大本営に打電した言葉で、ある意味「解散宣言」だったんですが、私は恥ずかしながらその言葉を知りませんでした。
ははは、「晴朗なれど」って、日露戦争のそんな、東郷元帥を引用したってね、ダメだよ。「天気晴朗なれど波高し」なんてね、あの頃だから目に浮かぶような景色だけど、いま分かる? 分かんないよねえ。
小泉さんが引用した「米百俵」のほうがよっぽどいいよ。財政難の長岡藩が、贈られた米を食べずに売って、そのお金で「将来のために」って学校を作ったって話。これだって本を読まなきゃ知らないよ。
伊東正義さんとか、大平さんは夜な夜な、仲間内でやってたわけよ。「君は読んだか?」「早く読めよ」って。すごいよ。今そんな政治家いないよ。量が違うんだから。政治家でも官僚でも役人でも下っ端のときから読んでるんだ、基礎があるんだ。
だから本屋行くだけでもいいんですよ、背表紙見るだけでもね、こういう本があるんだなって。
――幡場さんご自身はどんな本を読んできたんですか?
小説から政治経済、何だって読むよ。だけど私はなんたって漱石だね。全集で何回も読んだよ。あとは鴎外、荷風。荷風なんか、そこに全集が置いてある。
昔の人はみんな全集で読んだもんだよ。やっぱりね、明治の文豪ですよ。日本が一番進んだ時代ですからね。
――忙しくて、本を読む暇がないんじゃないですか?
そんなことないよ、今日も一冊読んじゃった。『江戸の災害史』。熊本の地震もあったしね。やっぱり、国会でテーマになりそうな本は先回りして読んでるよ。
原発やら、TPPやら、憲法やらね。そのときそのとき、人より早く読んでおかないとお客さんにも対応できないじゃない。国会で問題になったころ読むんじゃ遅いんだよ。はっきり言って。週刊誌に出てくりゃあ、終わりですよ。
――なるほど。では、若い人はどんな本を読むことが大切ですか。ずばり、大成するための読書とは。
いやあ、それはその人の「好き」ってもんでしょう。みんないつも「これ読みなさい」「あれ読みなさい」って、押しつけに慣れちゃってる。で、みんな同じの読んでるんだよ。まずはやっぱり自分で本屋で本を見てね、「これ読もうかなあ、どうしようかな」と、考えるほうがいいんだよ。
◇
幡場益(はたば・すすむ) 75歳。父・光男さんが神保町に開いた出版社が前身の五車堂書房店主。参議院職員に請われ1967年国会に出店した。店名は荘子の「五台の車がいっぱいになるほどの蔵書」から。
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