感動
引退の小塚崇彦、サラブレッドの「氷に吸い付く滑り」を振り返る
フィギュアスケートの小塚崇彦選手(27)が競技生活に別れを告げました。バンクーバー五輪8位入賞、世界選手権銀メダルなど、輝かしい成績を残してきました。17日、東京で開催されたアイスショー「スターズ・オン・アイス」に出演し、ファンに感謝の気持ちを伝えました。世界屈指のスケーティングで魅了してきた小塚選手の競技生活を振り返ります。
小塚選手は、フィギュアスケート界のサラブレッドと呼ばれています。祖父の光彦さん(故人)は旧満州(中国東北部)の大会で優勝し、帰国後は愛知県スケート連盟の設立に尽力、「フィギュア王国・愛知」の基礎を作りました。
父の嗣彦さんは、1968年のグルノーブル五輪代表、母の幸子さんも選手でした。スケート一家に生まれた小塚選手は5歳からスケートを始め、ジュニアの下の全日本ノービス連覇や全日本ジュニア優勝など、早くから才能を開花させました。
06年世界ジュニア選手権では日本男子3人目となる優勝を飾ります。ファンからは「崇ちゃん」「こづ」などの愛称で親しまれてきました。
小塚選手の魅力は、氷に吸い付くような滑らかなスケーティングです。深いエッジを使ったイーグルはため息が出るほど。シンプルな美しさを自然体で表現できる数少ない選手として、多くのファンを魅了しました。
ほかにも、高速スピンや複雑なステップも見どころです。また、難しい曲でも簡単そうに踊りこなせるのは小塚選手ならでは。
13-14年のSP(ショートプログラム)では、8分の7拍子という変則的なリズムの「アンスクエア・ダンス」を選曲。ファンの間では手拍子を練習したことで話題になりました。
五輪や世界選手権の出場枠獲得に度々貢献してきたことから、ファンの間では、「枠取りのこづ」と呼ばれていました。
各国の出場枠は、前年の大会の出場者の順位のポイントによって決まります。初出場した08年は8位に入り、3枠を獲得。09年はエースの高橋大輔さんが不在の中で6位と奮闘し、バンクーバー五輪の3枠を確保しました。10年も10位に入り、3枠を維持しました。
全日本選手権では表彰台の常連となり、高橋さんや織田信成さんらと切磋琢磨しながら着々と力をつけ、存在感を増していきます。10年のバンクーバー五輪では日本男子のホープとして参戦。4回転を決め、8位入賞を果たしました。
10年には全日本選手権を初制覇。パトリック・チャン選手(カナダ)ら、世界のトップ選手とも競い合い、11年には世界選手権銀メダルまで上りつめました。東日本大震災の影響で日本からロシア・モスクワに会場を変更して行われた大会で、日本に明るい話題を届けてくれました。
その後は、先天性のけがに悩まされ、思うような成績が出せない試合が続きました。ソチ五輪の代表選考を兼ねた13年の全日本選手権では、執念の演技を見せて3位になるも、それまでの成績から代表に選出されませんでした。
しかし、14年の全日本選手権では、前年の無念を吹き飛ばすような会心の演技を見せてくれました。SPは6位と出遅れたものの、フリースケーティング(FS)では4回転や後半の3連続ジャンプを着氷、「イオ・チ・サロ(これからも僕はいるよ)」の曲に乗せ、渾身のステップを披露。SP3位の選手との13点差から巻き返し、総合3位に入りました。観客は総立ちで拍手し、小塚選手もガッツポーズ。若手が台頭する中、ベテランの意地を見せてくれました。
同じ名古屋市出身で、佐藤信夫、久美子コーチに師事し、練習をともにしてきた浅田真央選手とは仲が良く、その思い出を語るファンもいます。
初優勝した06年の世界ジュニア選手権で、観客席にいた浅田選手に花束を投げるシーンや、帰国後の浅田選手との仲むつまじい会見は、今でもファンの間で話題になります。2011年のアイスショー「ザ・アイス」では、浅田選手と「ルパン三世」のテーマ曲でペアプログラムを披露。小塚選手が浅田選手にキスするサプライズで観客が沸きました。
選手同士、仲が良いことで知られるフィギュアスケート界ですが、小塚選手もその雰囲気を作り続けた一人でした。
15年4月、中京大大学院に復学し、修士論文に専念することをファンに報告。再び氷上に戻ったものの、けがの影響でグランプリシリーズ中国杯を欠場、ロシア杯9位、昨年末の全日本選手権は5位にとどまりました。しかし、そのFSでは集大成の滑りを見せるかのように丁寧にステップを踏み、最後まで観客の心に残る演技を見せてくれました。
今年3月、小塚選手は自身のオフィシャルサイトで引退を表明しました。そこには「氷上を去る」という言葉。プロでもコーチでもなく、トヨタ自動車の社員として新しい道を歩むとつづられていました。
今月16、17日のアイスショーでは、小塚選手の滑りを見ようと、多くのファンが会場に駆けつけました。Twitter上では、ファン有志が、「#THANKYOU崇彦」のハッシュタグで、小塚選手をあたたかく見送る企画を開催。試合やプログラム、衣装などを振り返り、ファン同士が語り合いました。アイスショーでは、ネットプリントなどで印刷した「#THANKYOU崇彦」と書かれた応援バナーを掲げようと呼びかけました。
多くのファンに愛された小塚選手。社会人として成長して、また氷上に戻ってきてくれたら……。そんな淡い期待を抱きながらも、ファンはどの舞台にいても、「がんばれ、崇ちゃん」と応援し続けるのかもしれません。
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