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2016年04月10日

だから真央ファンはやめられない ハラハラドキドキの歴史を振り返る

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2016年の浅田真央選手

2016年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

 フィギュアスケート世界選手権が幕を閉じました。ショートプログラム(SP)で9位と出遅れた浅田真央選手は、フリースケーティング(FS)では大きなミスなく「蝶々夫人」を演じ切りました。「やっぱり真央ファンはやめられない」。改めてそう思った人も多かったのではないでしょうか。予想できない、感動的なドラマを届けてくれる浅田選手にファンは心揺さぶられ、これからも見続けたいと思わされます。真央ファンの視点から、ハラハラドキドキの歴史を振り返ってみます。

ジェットコースターみたいに

浅田選手の魅力は、透明感のある柔らかい滑り、高みを目指しストイックに練習する姿勢、ファンを大切にする気持ち…など多くありますが、一つに、まるでジェットコースターに乗っているようなハラハラドキドキ感があります。世界トップレベルの技術があるのに試合で出せなかったり、SPで失敗してもFSで驚異の追い上げを見せて表彰台に上がったり……。予想できない、感動的なドラマを届けてくれます。

天才で努力家、心ときめく

2002年の浅田真央選手

2002年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

2002年、12歳で初出場した全日本選手権で、3連続3回転ジャンプに成功。「天才少女」の出現に、ファンの心がときめきました。05年、東京で開催されたGP(グランプリ)ファイナルで、3A(トリプルアクセル)を軽々と成功させ初優勝。その後の全日本選手権で2位となり、解説の佐藤有香さんは「天才が毎日一生懸命練習すると、このように素晴らしい、手の付けられない状態に」と絶賛しました。期待は膨らむばかり、「一目でいいから真央ちゃんを目の前で見たい」と、会場に足を運ぶファンが増えました。当時15歳で、トリノ五輪には年齢制限のため出場できず、4年後の金メダルを願い、成長を見守ることになりました。

祈って、笑って、泣いた準V

2007年の浅田真央選手

2007年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

06-07年シーズン、FSの曲は「チャルダッシュ」。ステップからの3Aに苦しみ、ファンの間では「未完のチャルダッシュ」と呼ばれていました。初出場の世界選手権では、優勝の期待がかかるもSP5位。浅田選手は「3Aを決めて、200点台を出したい」と力強く宣言し、ファンもドキドキしながら成功を祈りました。FSでは3Aを見事に決め、演技中にガッツポーズ。リンクサイドに戻る際、涙が頬をつたったシーンが流れると、もらい泣きするファンも。当時の歴代最高の133.13をたたき出すと、ファンも優勝を確信しましたが、結果は準優勝。浅田選手はインタビュー後に大粒の涙を流しました。祈って、笑って、泣いて…と様々な感情を味わった大会となりました。

3A転倒に衝撃、ビックリ初優勝

2008年の浅田真央選手

2008年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

07-08年シーズン、初優勝を狙った世界選手権。しかし、足首を痛めている上、直前にロシア人コーチと関係を解消し、コーチ不在という状況。ファンは失意から抜け出せないまま迎えた大会でした。FSの冒頭、3Aを跳ぶ前に大きく転倒。基礎点7.5点をまるまる失い、さらに減点1。しかし、その後は、神様が舞い降りてきたかのように、次々とジャンプを決めていきました。結果は逆転優勝。浅田選手もファンも驚いた瞬間でした。キス・アンド・クライを後にするときに見せた涙から、この試合にかけていた思いの強さが伝わってきました。

バンクーバー、悔し涙の銀メダル

バンクーバー五輪の浅田真央選手

バンクーバー五輪の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

08-09年シーズン、 金姸児選手とのライバル対決にファンはハラハラしてばかり。韓国で開かれたGPファイナルFSでは、2度の3Aを国際大会で初めて成功させて逆転優勝。金選手からファイナル女王の座を奪還しました。

五輪イヤーの09-10年シーズン、3Aに苦しみ、GPシリーズロシア杯では表彰台を逃すなど、暗雲が立ち込めました。ファンも気をもむ日々が続きます。バンクーバー五輪では、SP、FSで計3度の3Aを決めるも銀メダル。悔し涙を流しました。

進化へ 我慢の2年間

2013年の浅田真央選手

2013年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

10-11年シーズン、浅田選手はジャンプやスケーティングの修正に取り組みます。ファンはアイスショーや試合で、ジャンプの質を確かめるように。試合では3Aを封印、GPシリーズも世界選手権も表彰台から遠ざかり、ファンにとっても我慢が続きました。

11-12年シーズンは、修正の成果が表れ始め、国際大会の表彰台に戻ってきました。しかし、世界選手権では6位にとどまり、浅田選手の気持ちが一時スケートから離れます。ファンは「リフレッシュしてほしい」という気持ちで、リンクに戻ってくる日を待ち続けました。

12-13年シーズン、夏に練習を再開すると、GPシリーズ連勝、ファイナルも制し、大阪で開かれた四大陸選手権SPで2季ぶりに3Aを成功。演技後にガッツポーズも飛び出し、バンクーバー五輪の自己ベストに迫る205.45点で優勝しました。世界選手権でも3年ぶりの表彰台に上り、ファンにとっても長いトンネルを抜け出したようなシーズンとなりました。そんな矢先、「ソチ五輪で最後にしようかなと、今は考えています」と引退を示唆する発言にファンの心は大きく揺れ動きました。

ソチ五輪、魂のフリー

ソチ五輪の浅田真央選手

ソチ五輪の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

13-14年シーズンに入ると、GPシリーズ連勝、GPファイナルで4度目の優勝を飾り、ソチ五輪に向け勢いがつきます。しかし、五輪では、シーズン中70点台を出してきたSPでまさかのミス連発。16位と絶望感に襲われます。「この舞台でどうして」「真央ちゃんならやってくれるはず」。浅田選手がどう立て直すのか、ファンは信じるしかありませんでした。FSではすべてのジャンプを成功、魂のこもった演技で、自己最高となる142.71点を出し、総合6位まで追い上げました。演技後の涙に世界中が感動しました。

これからも見続けたい

2016年の浅田真央選手

2016年の浅田真央選手

出典: 朝日新聞

五輪後、休養宣言をしたときも、引退か、続行か、浅田選手が答えを出すまで待ち続けました。現役続行を決めた今シーズン、ジャパンオープンでFS141.70の高得点、GPシリーズ中国杯で優勝と、好調な滑り出しでしたが、GPファイナル6位、全日本選手権3位と、ファンの頭の中には「引退」の文字もちらつき、不安は続いていました。

世界選手権では、練習で何度も決まっていた3Aで失敗しSP9位と出遅れてしまいます。しかし、そこはやっぱり「浅田真央」でした。FSでは序盤、3A、3F(フリップ)3Lo(ループ)を着氷、その後も大きなミスなく滑りきり、合計200.30の今季最高点で終えました。

復帰後、思うような結果が出ず、「復帰しない方がよかったのかなと思っている時もあった」という浅田選手。これまでも今回も、シーズン中、どんなに辛くても最後は笑顔で終えてくれました。ファンは、ドキドキハラハラを何度味わっても、その笑顔を見たくて応援し続けています。

「技術面、ジャンプのレベルをもっともっと上げる」と、来シーズンに向け意気込みを語った浅田選手。ファンはこれからも浅田選手が満足する演技をして最高の笑顔を見せてくれることを願っているのかもしれません。

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2002年の浅田真央選手
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出典:朝日新聞
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