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沖縄の離島で遠隔塾 東大医学部卒の起業家が挑む、新たな「学び場」

東大医学部卒の起業家が、立ち上げたインターネットを使った遠隔授業。日本最西端の与那国島で、さっそく効果が出始めている。

「日本国最西端之地」の石碑。日本で一番最後に見られる夕日が沈む
「日本国最西端之地」の石碑。日本で一番最後に見られる夕日が沈む 出典: 朝日新聞社

目次

人口1500人の離島

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スクリーンに映し出される講師。生徒たちにとってはちょっとした「スター」になるという
スクリーンに映し出される講師。生徒たちにとってはちょっとした「スター」になるという 出典: フィオレ・コネクション提供

晴れた日には、たまに台湾が見える。東京から2000キロ以上離れた日本最西端の離島。昔ながらの赤瓦屋根の民家が並び、人口は1500人弱。ここ沖縄県・与那国島の小学生と中学生は、現役の東大生から直接勉強を教わっています。

町の中の複合施設に生徒たちを集め、モニター画面をウェブ会議システムでつなぎ、はるか遠くの東京の事務所で、カメラの前に立って講義をする東大生の話を聞くのです。授業の特徴は、生放送によるライブ感。あらかじめ撮影したビデオを垂れ流すのではなく、講師の東大生が身ぶり手ぶりを使ってホワイトボードに板書しながら、国語、数学(算数)などの解説をします。生徒を映すカメラもあるので、手を挙げれば講師が気づき、その場で答えます。

小学生と中学生あわせて生徒は数十人。与那国町の予算などで年間1千数百万円の授業料などをまかない、生徒たちはテキスト代などを払うだけでいいそうです。

出典: 朝日新聞社

沖縄が学力テストで大躍進

東大生を集め、授業を提供しているのは、東京・駒場に本社がある「フィオレ・コネクション」という会社です。東大医学部出身の松川来仁さんが起業して2011年からオンライン双方向の授業を始めています。離島や山間地への教育ビジネスが得意で、与那国町以外にも、沖縄県の北大東村や竹富町、IT企業の移住で有名な徳島県神山町、宮崎県西米良村など10近くの地域を対象にこうした授業をおこなっています。

沖縄県はこれまで全国学力調査の結果が残念ながら低い地域でした。ところが、昨年、都道府県別で最下位が続いていた小学校の順位があがり、特に「小6算数A」では全国6位と急上昇し、教育界を驚かせました。つい先日発表された結果でも、沖縄県は好調さをキープしています。

沖縄県はここ数年、教育県と知られる秋田県との教員交流を進めたり、家庭教育を見直したりして、教育改革をおこなってきました。松川さんは沖縄県全体の取り組みに加え、今後はITをうまく使った授業が役立つと信じています。「住んでいる場所によって不利にならない社会を作りたい」と力強く話します。

愛嬌がある東大生がデキる講師

松川来仁さん。外資系製薬会社に勤めているとき、起業のアイデアを思いついた。
松川来仁さん。外資系製薬会社に勤めているとき、起業のアイデアを思いついた。

実は松川さん自身も沖縄出身です。佐賀県の中高一貫校、弘学館を経て東大を卒業後、外資系製薬会社のグラクソ・スミスクラインに就職しましたが、感じたのは沖縄を始めとした離島や山間地と、他の地域との「教育格差」でした。

「いろいろ背景はありますが、痛感したのは東大生が『身近な存在ではない』ということ。別に能力の差があるわけではないんです」と松川さんは言います。

「講師の東大生たちのライブ映像を見ていると、愛嬌もあるし、当たり前ですが、そこら辺にいる若者です。良い意味で普通なので、『よし、講師のお兄さんやお姉さんも行けたのだから、自分も東大を目指せる』と生徒たちも感じてもらえるのではないでしょうか」。

そのため、講師選びで、こだわるのは学力だけではなく、笑顔やコミュニケーション力など生徒が親しみを感じてくれる東大生。ネットのみに頼らず、東京にいる講師が答案に書いた手書きのコメントをスキャンして、地方にメールをして、それをプリントアウトして生徒に渡したり、講師がゲストとして島や村を訪ねる「対面授業」を実施したり、「アナログとテクノロジーのバランス」に気をつけています。

東大生講師の山中佑美さん=フィオレ・コネクション提供
東大生講師の山中佑美さん=フィオレ・コネクション提供

出て行ったお兄さんとお姉さん、残された子供たち

もちろん良いバイトとして惹かれて入ってくる講師もいるのですが、最近の学生は「地域への思い」が強い、と松川さんは言います。いまいる約30人の現役講師も8割が地方出身だそうです。

2年前から講師を務めている山中佑美さん(22)も秋田県から上京しました。授業では、AKB48など東京で見た有名人の話をしつつ、大学の様子も伝えます。たとえば山中さんが学んでいる英文学について、堅苦しく話すのではなく、「ガリバー旅行記を童話ではなくて、社会を辛口に眺めてみる風刺として読むと面白いよ」などちょっと違った視点で語ります。講師をきっかけに沖縄に興味を持ち、離島に何度も足を運んでいます。「島の子供と話していると、たとえ一度東京に出ても戻ってきたい、と言うので、だったら秋田はどうなんだろう、とか色々考えるようになりました」。

松川さんは、別にみんながみんな、東大を目指して欲しい、と思っているわけではないそうです。「勉強したうえで、違う道を進んでもいい。あるいは少し年上の若者と雑談して視野が広がるだけでもいい。あくまで選択肢を増やすお手伝いをしたい」と話します。

日本の離島や山間地は、若い人が地元を出て、都心に行くことが多いです。そうなると、残った小さな子供たちにとって身近な「年上」は保護者や先生や高齢者がほとんど。自分がいま生きている「ちょっと先の」人生をイメージするのが難しくなります。

これまで地方自治体は、地元に戻ってきて働いてもらうUターン就職支援などたくさんのコストをかけて、町や村を出て行ったお兄さんやお姉さんたちに声をかけてきました。しかしながら、様々な事情で、すぐ戻ることはできないし、どうしても大学や専門学校は都会に多い。大成功した事例が少ないのが現状です。

色々難しい課題ですが、まずはネットの力で都会に出たお姉さんやお兄さんと、離島や山間地の子供たちをつなげてみる。離れていても、交流が始まり、何かが生まれるかもしれません。

フィオレ・コネクションはこの事業を全国の山間地や離島を中心に50地域まで増やし、さらに地方の学習塾との提携をどんどんめざします。2020年には、売上高を現在の4000万円(2015年6月期)から、10億円に伸ばす目標を立てているそうです。

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